10\11\05

この度なんと!我が部屋に地デジ対応薄型液晶テレビくんがやってきました!!確か、矢沢永ちゃんが宣伝していた機種だと思われます。もう画面右上に「アナログ」なんて表示はされません!そして、画質がなんと綺麗なこと!!その上、サイズが14→22インチに大幅格上げです!!!以前のブラウン管テレビでは不可能でしたが、これならば貞子も無理なく出てこられそうです♪唯一困っていることは。今までテレビの上に鎮座していた彼らなのですが…。試しに空いたスペースに置いてみたけれど、やはり字幕が見えないことが判明。う~ん…どうしようかしら??余談さすがSONY製、プレステと起動音が同じだ~。


お久方ぶりでございます。です。いやはぁ。まぁ、わたくしの日記も、自己紹介も、ハチャメチャに長いんですけれども。はまーさんがマイミクになってくれましたよ♪♪ただいま、絶賛、ケイコ中!!というか、おうちケイコ中。ちなみに、私の精神安定剤は、晴れた日とあったかい、いや、あっつい、カフェラテ。安いもんだ。昔からそうだった。何食べたい、と親から聞かれたら、カップラーメンがいいと、言っていたくらいだ。我が家でカップラーメンを食べる習慣がなかったせいだ。ここに関して、本当に、感謝するべきところだろう。親は、健康志向がどちらかと言えば強い方だ。洗剤やシャンプーにも気を使う。ただ、本当に、親の元から離れて、私は、すごく、恵まれていたことに、気づかされる。生活面に対してよりも、食事などについて。実家のエンゲル係数は高い。ただ、そのおかげ様で、私は、かなりの健康児だ。今、親元から離れて、自分で食事を気にしないといけない。状況。かおりんという、栄養士の資格を持った友達に、聞きたい。どんなメニューなら、一般的、普通な、健康状態になれるのか。冷え性もない、肩こり、胃痛、頭痛、がない。別に、テンションが上がってるとか、気分がいいとか、思わなくていい。ただ、普通に、何も感じないような、不快がなければ、それでいい。それが、健康だと思うから。そういえば、私は、集中力が人に比べて、極端に短く、極端に薄い。それの解消法として、ゆっくり動くっていうのを、実践しているのだが。そうやって、ゆっくり動くことによって、筋肉、骨、が正しく使えるようになるそうだ。本能で、楽に動くから、疲れないで、立っていられるとか。とある、役者さんは、職業をきちんとこなせば、その役に見えるのだと、力説していたし、人間が人間を演じるのだと、格言を述べていた。また、ある人は、私は、自分のことを、すごくよく分析していると述べる。また、はまーさんは、私は、複数でいると突拍子もない物言いになるが、二人きりだと、きっと、まじめなこといえるんだろう、みたいなこと、言っていた。その通り!!思い当たる節の数々。私自身も、二人でしゃべる方が、より、深いことしゃべれるから、好きだったりする。ただ、例にもれて、やっぱり、二人っきりで、しゃべってても、相手が私の意表をつく発言に、笑い出すことは、たまにある。だから、やっぱり、私は、二人っきりでも、天然であるようだ。そして、時々、まともなこといえるから、計算しているんじゃないか。と。さすがに、全てを計算して、発言しているなら、私は、もっと、自分を面白おかしい人間にしているんだけれどもなぁ。なんて思う。たしかに、私自身、すこしだけ、自覚は、ある。私の思考回路は、時々、ずれている。私が脳みそにインプットしている、情報が、変なものと(人から言うと)、リンクしているからだろう。それが、おかしな言動の発端であると思う。だから、最近の飲み会では、今、その話はしていない、と突っ込まれる。ただ、私も、普通な人間なので、思ったこと、思ってしまったこと、感じてしまったことを、言いたい衝動に駆られることはある。冷静に、それを言ったって、別に、場が盛り上がるわけじゃないとしても、私は、思ったことを、口に出して言いたくなる。だから、間をついて、言う。別に、そこに、引っかかることは、特にない。ただ、これは、私の中での変化である。思ったことを飲み込むことが、覚えている限り、中学、小学校高学年で、行っていた。ただ、中学のころから、天然と言われていたけれど。そして、思ったことは、飲み込まれて、ものの一分もしないうちに、別の話題になったことにより、脳みそで、カットアウトされる。つまり、すぐに忘れるのだ。そう、私は、忘れっぽい。役の設定や、このシーンの、ここで動く、などの、決まりごとを、忘れて舞台に立ってしまう。これでは、ダメだ。プっぴポが舞台に立つと、何もない。ただのニュートラルになる。それでは、舞台は、世界は成立しない。だから、ダメになる。思った。洋画をみて、邦画を見て、洋画をみて、ぜんぜん、違うよね。映画だから、邦画って、言っても、最近の奴ね。映画だから、お金のかけ方、カメラの撮り方、世界観の描き方が、ぜんぜん違う。日本人だから、日本のことを知っているから、外国映画だと、外国を知らないから、起こる現象かもしれないけれども。海外の、いや、まぁ、ハリウッドか。ハリウッドの映画の方が、なんだろ、自然だよ。すんなり、受け入れられる。日本の映画は、なんだろ。不自然。その映画の世界があって、そこに引き釣り込もうとする。その世界観を見せ付けられるって言うのが、日本。そこに世界があって、そこをただ写している、それが、ハリウッド。なんだろ、そこに、ぜんぜん違いがある気がした。ま、私は、本数をぜんぜん見ていないから、日本映画も、ハリウッドも、比べられないね。ただ、作品一本一本で、しか、比べられない。ただ、最近見た、役のためのDVDでは、そう、印象がある。日本は、映画にお金がかかっていないとか。無理やりかんがあるとか。特別かんがあるとか。わからないけれどもね。何が良くて、何が足りないとか。ただ、私の感じたまんまは、邦画よりハリウッドの方が好きだって、思った。芝居をするなら、演技をするなら、自然体のが、私は好きだ。そうか、日本の邦画は、舞台のようだ。創り出したものを見てもらう。あっちの映画は、そのままだ、ドキュメンタリーみたい。今ある、どこかにあるものを、見せる。嘘だけど、嘘に見えない。それが、好きだ。嘘だけど、嘘を信じている。だから、それが、本人にとっての真実になっている。そんなのが、好きだ。ただ、残念。私は、金持ちになりたいと、思っていない。普通でいい。普通のまんま、今のまんま。社会にある会社で、仕事して、舞台に立つ。ただ、本物になりたい。役者として。目指すは、そこかな。ただ、時々、絵を描きたい。本番のない、合間には、仕事の傍ら、絵を描きたい。かきたい構図は、あるから。ただ、そこに、技術が乗らなくて、知識もないから、表現に足りないのが、口惜しい。わがままっす。それに付き合わされる、周りが、また、かわいそうだと、思う。嫌われないか、回りから、誰かから嫌われないか、それが、怖い。それが、怖い。たぶん、怖い。幽霊とか、お化けとか、見えない恐怖とか、そういうのに、近い感じで、怖い。嫌だ。一人ぼっちは、まだ、マシ。ただ、嫌われているのは、虫唾が走るような嫌悪がある。いやだ、嫌われたくない。そうすると、ある一線を越えづらくなる。その一線先が、表現であるのに、そのさきこそ、自由なのに。そこに、行けない。いきたい、行ってみたいと、渇望し、願望するくせに。遠くから、その先を眺める。クリエイトの世界を。まだ、こちら側、作品を見る側だから、感覚がちがうんだ、向こうと。見せるために、作る。見る側を配慮する。こう見せたい、こうやりたい。それが、欠落している、だから、私は、まだ、こちら側から、あちら側を見ている。消費者と生産者。一度、吹っ切れた方が、いいと思う。一度、一線を飛び越えて、それを踏まえて、その過去を抱いて、これからを、切り開く。一線を越えた経験があるから、自由な視点、自由な行動の幅が広がる。よく見える。よく、感じる、いや、いろんな風に感じられるようになる。それもありかと、寛容になる。作品づくりってのはさ、余計なものを、排除するものなのか?日常のようでいて、日常じゃないなら、作品なんだから、必要な情報を提示すると。私は、日常の中から探っていく、そうすると、イラナイ情報が、混在して、溢れた情報が、必要な情報を、食い散らかす。また、必要な情報が、見えなくされる。埋もれてしまって。情報過多による、情報不足。まるで、現実。現在のよう。そうだなぁ、上司に怒られても、部下の頭の中には、この状況の打破とか、別の自分のこと、自分の彼女のこと、今夜の予定、勝手に流れる頭の中でのメロディー、今までの過去の回想、全く、別の、トリップがある。しかし、作品になると、また、違う。ここから、いくつか、いや、1つに絞る。そうなると、とても、すっきりしている。ただ、それは、人間だろうか?煩悩に乱れた、人間でしょうか??もちろん、そこの情報を想像するのは、お客様の自由。だったら、余裕がないと、なんて、思ってしまう。逆に、そういう、余分が排除されるような、一色に統一されるような状況って、ないよ。日常じゃない、非日常、非現実、否現実。そのときこそ、脳みそは、こちらが反応しきれないほどの勢いで、回転して、フラッシュバックが、何度も、いくつも、流れる。それこそ、こちらの意思のない自立神経の暴走のように。制御できない。ただ、これでは、ダメなんだ。制御できないのでは、作品にならない。それこそ、映画で、ワンカットだけだとか、周りに、留めに入るスタッフがいるなら、発狂しようとも、どうにかなるだろうが。舞台では、そうはいかない。生である。作品中である。しかも、ここ、重要ね、役なんだ。役だから、プっぴポは、排除されているの。そうなると、理性になる。プっぴポさんのことなんて、おかまいなしなのね。役だから。役なんだ。今日は、ここまで。いっぱい、はいたなぁ。思いを。吐いたじゃない。息をはいたような、感覚ね。
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